身の回りで起きる「偶然の一致」についての考察を、こちらのブログにも書いておこうと思います。
アカシックレコードというのを聞いたことがあるでしょうか。
「原始から未来までのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念」といわれています。
私はこれを、地球の「遺伝子」のようなものだと捉えていて、
例えば私たちの体は、手や足を、粘土のように自分で形作ろうとしなくても自然に手や足の形に出来上がってくるわけですが、
これは細胞が遺伝子に従って発現しているからで、遺伝子が、その細胞の原始から未来までの事象を記録しているからそうなるわけなので、
アカシックレコードも地球におけるそうした、遺伝子的な存在だと考えているわけです。まずこれがベースです。
次に、世の中には、「実際に起きること」を含んだフィクション・創造物などが溢れかえっています。
映画や絵画や看板や小説や歌や写真や建築や物の動きや人の発言、出来事、その他いろいろにおいてです。
自分や、誰かの状況と似通っていてまるで予言のように感じることもある、そのようなものが世界中に溢れています。
これらは前述のアカシックレコードをもとにこの世の中に発現しているので、(インスピレーションのようなもの。アカシックレコードにアクセスして発現すると考えている)、なので部分的に予言のようになっていて
しかし世の中の状況(社会の価値観や、個人の感性など)によって発現時にアレンジが加わり、完全な予言とは言えない、予言のようなものを含んだフィクション的なものがたくさん出現してくる、と私は考えています。
体で考えても、例えば足の細胞は遺伝子に従って足を形作りますが、発現時の社会状況により、(わかりやすいのでいつもこの例を使わせてもらっていますが)中国の纏足のような習慣がある場合、細胞は足として発現させますが仕上がりは予定の形にはならないわけです。そのように、遺伝子(アカシックレコード)の情報で発現しても、社会状況や個人の感性などの外的な要因も影響して仕上がるので、「予言を含んだフィクション」のようになると考えています。
実際に起きる事とは善悪が逆転していたり、敵味方が逆転して発現したりすることもよくあります。例えば同性愛についての何らかの事象について、アカシックレコードのその情報に触れて発現したものがあるとして、発現する時代で同性愛が悪とされていたら、その事象を悪として捉えた小説なり映画なり、そうした現象になるという事だと思います。
こうした現象が、世界中で、たくさん出現していて、自分に関するものも、たくさんありますが、これは魔法でも特別な予言でもなく、おそらく、誰にでも起きる自然現象です。
私はこのように考えていて、日常にとても役立っているので、
こうした現象に驚いたり悩んだりしている人がいたら考え方の参考にしてほしいと思い、書きました。
そしてもちろん、私がこうして、ここに書いている文章も、私が何も意識していなくてもアカシックレコードと関係している可能性はあり、
誰かの何かに類似していて、びっくりさせている、ようなことも頻発に起きていると思います。そのような時も、上記を考え方の参考にして下さい。